マクロ偏析(まくろへんせき)
Macro Segregation
金属学用語。
偏析には、大きく分けてミクロ偏析とマクロ偏析の2種類に分類される。
マクロ偏析とは、合金が凝固する際に、肉眼で確認できるような大きなスケールで、合金成分(溶質元素や不純物など)の濃度が不均一に分布する現象を指す。
ゆっくりとした冷却は、液相中の溶質原子の長距離移動を許し、より大きなスケールでの偏析(マクロ偏析)を引き起こす可能性がある。
マクロ偏析が発生する基本的な原因
密度の大きな差
貴金属(例えば金や白金)と卑金属(例えば銅やニッケル、鉄)の間には、原子量や結晶構造の違いにより密度に大きな差がある。凝固中の溶融金属中で、密度の重い成分の沈降や、軽い成分が浮上したりすることで、重力によるマクロ偏析が発生しやすくなる。
広い凝固範囲
固相線と液相線の温度差が大きい合金は、凝固に時間がかかり、液相の移動や拡散が起こりやすくなるため、マクロ偏析が促進される。
液相の移動
凝固収縮や対流、外部からの攪拌などによって液相が移動すると、溶質元素の再分布が起こり、マクロ偏析につながる。
マクロ偏析のメカニズム
マクロ偏析の主な原因は、凝固中の液相(溶融金属)の流動と、それに伴う溶質元素の移動である。具体的なメカニズムとしては、以下のようなものが挙げらる。
■ 凝固収縮による液相の流動(溶質移流説)
多くの金属や合金は凝固する際に収縮する。この収縮によって、まだ凝固していない溶融金属(液相)が、既に凝固した固相のデンドライト(枝状結晶)の間を流動する。このとき、溶質元素が濃縮された液相が特定の場所に集まることで、マクロ偏析が生じる。
■ 熱溶質対流
凝固中の溶融金属内部で、温度差や濃度差によって密度の違いが生じ、対流が発生する。この対流によって溶質元素が移動し、不均一な分布を引き起こす。
■ ブリッジ形成と閉じ込め
凝固の進行に伴い、デンドライトが成長して互いに接触し、「ブリッジ」が形成されることがある。これにより、未凝固の溶融金属が閉じ込められ、その内部で溶質元素が濃縮・偏析する場合がある。
■ 機械的要因
連続鋳造におけるバルジング(鋳片の膨らみ)やロールのミスアライメントなど、外部からの機械的な力も液相の流動に影響を与え、マクロ偏析を助長することがある。
これらのメカニズムによって、以下のような様々な種類のマクロ偏析が現る。
正偏析
平均溶質濃度よりも高濃度の部分。
負偏析
平均溶質濃度よりも低濃度の部分。
V偏析
鋳塊の中心部にV字状に現れる偏析。
チャンネル型偏析(フレッケル)
筋状に現れる偏析。
マクロ偏析が材料に与える影響
マクロ偏析は、材料の品質や特性に重大な悪影響を及ぼす。
機械的特性の劣化
偏析した部分は、他の部分と組成が異なるため、硬さ、強度、靭性などの機械的特性が局所的に低下したり、不均一になったりする。これにより、割れや変形などの欠陥が発生しやすくなる。
耐食性の低下
特定の元素が偏析することで、その部分の耐食性が低下し、孔食などの腐食が発生しやすくなる。
熱処理・加工時の問題
偏析があると、熱処理や加工(圧延など)の際に、その部分で割れや変形が生じやすくなることがある。
異常組織の発生
偏析により、予期せぬ組織が形成され、材料の性能に悪影響を与えることがある。
マクロ偏析の対策
マクロ偏析を抑制するためには、凝固中の液相の流動を制御し、溶質元素の均一化を図る必要がある。
具体的な対策としては、以下のようなものがある。
電磁撹拌
溶融金属に磁場を印加することで、電磁力を利用して液相を撹拌し、溶質元素の均一化を促進させる。
低温鋳造
鋳造温度を低くすることで、凝固速度を調整し、偏析を抑制する。
微細化剤の添加
凝固核の数を増やし、結晶粒を微細化することで、偏析を分散させ、影響を軽減させる。
凝固末期の圧下
連続鋳造において、凝固がほぼ完了した鋳片をロールなどで軽く圧下することで、凝固収縮による空隙を補償し、濃縮した液相の移動を抑制する。
適切な鋳造条件の選定:
鋳造速度、冷却速度、鋳型設計など、様々な鋳造条件を最適化することで、液相の流動を制御し、マクロ偏析の発生を抑える。
有害元素の低減: リン(P)や硫黄(S)など、偏析しやすい有害な不純物元素を事前に低減しておくことも重要な要素となる。
マクロ偏析が見られる合金
マクロ偏析は、鋳造品やインゴット全体にわたって発生する巨視的な組成の不均一性である。
液相の移動や重力の影響などにより、溶質元素が不均一に分布してしまう。
■ 大型鋼インゴット (Fe-C-Mn-Siなど)
大型の鋼インゴットでは、凝固中に溶融金属の対流や収縮による液相の移動が起こり、炭素(C)、マンガン(Mn)、シリコン(Si)などの元素が中心部や底部に偏析することがある(中心偏析、V字偏析など)。
■ アルミニウム合金 (Al-Mg-Siなど)
Al-Mg-Si合金: マグネシウム(Mg)とシリコン(Si)がビレットの中心部で枯渇し、表面近くで濃縮される「負の中心偏析」が見られることがある。これは、MgとSiの分配係数が1より小さいことに起因する。
■ 銅合金 (Cu-Sn, Cu-Znなど)
大型の鋳物では、スズ(Sn)や亜鉛(Zn)などの溶質元素が、凝固中の液相の移動によって不均一に分布することがある。
■ チタン合金 (Ti-Alなど)
TiAl基合金の遠心鋳造などでは、液相と固相の相対的な移動によりマクロ偏析が発生することが報告されている。
■ 金-銅 (Au-Cu) 合金
金(Au)と銅(Cu)は、共に歯科用合金や宝飾品に広く用いられる組み合わせ。
金と銅は密度の差があり(Au: 約19.3 g/cm$^3$、Cu: 約8.96 g/cm$^3$)、凝固範囲も比較的広いため、大型の鋳造品や特定の鋳造条件下では、重い金が鋳型の底部に沈降したり、軽い銅が上部に偏析したりする可能性がある。
これにより、鋳造品全体で金の濃度が不均一になるマクロ偏析が発生することがある。
■ 銀-銅 (Ag-Cu) 合金(スターリングシルバーなど)
銀(Ag)と銅(Cu)も宝飾品や食器などに使われる一般的な組み合わせ。
AgとCuは共晶系を形成し、凝固範囲が広いため、特に凝固速度が遅い場合や、鋳造品のサイズが大きい場合に、液相の移動によってマクロ偏析が発生することがある。特に銅が偏析しやすい傾向がある。火むらとよばれる現象はマクロ偏析によるものである。
■ 白金族金属-卑金属合金 (例: Pt-Ni, Pd-Cuなど)
白金(Pt)、パラジウム(Pd)などの白金族金属は非常に高価な貴金属であり、耐食性や触媒特性を向上させるためにニッケル(Ni)や銅(Cu)などの卑金属と合金化されることがある。
これらの組み合わせでも、貴金属と卑金属の密度差や凝固挙動の違いにより、マクロ偏析が発生する可能性がある。特に、大型インゴットの製造や複雑な形状の鋳造を行う際に、液相の動きや凝固フロントの進展によって、特定の元素が濃縮されたり枯渇したりする領域が生じることがある。
マクロ偏析は、合金の機械的特性、耐食性、電気伝導性などに大きな影響を与え、製品の品質を低下させる可能性がある。
そのため、鋳造条件(鋳造温度、冷却速度の制御、鋳型設計、溶融金属の攪拌など)の最適化によって、マクロ偏析を抑制する必要がある。
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