鉄(てつ)
Iron
鉄は、紀元前5000年頃にはすでに人類によって利用されていたと考えられている。ただし、この時代には鉄鉱石から鉄を大量に製造する製鉄技術はまだ確立されておらず、初期に利用された鉄の多くは、宇宙から飛来した隕鉄(いんてつ)であったと考えられている。
隕鉄は、小惑星などを起源とする隕石のうち、主として鉄とニッケルなどの金属から構成されるものである。人類が最初に手にした金属鉄は、この隕鉄であった可能性が高い。
古代エジプトなどでは、隕鉄を装身具や小型の道具などに加工した例が知られている。当時の鉄は容易に大量生産できる材料ではなく、非常に希少で特別な金属であった。
その後、鉄鉱石を還元して鉄を取り出す製鉄技術が発達すると、鉄は武器、農具、工具などへ広く利用されるようになり、やがて青銅器に代わって社会を支える主要な金属材料となった。
現在でも鉄は、鋼や鋳鉄をはじめとする鉄鋼材料の中心元素として、建築、自動車、鉄道、船舶、機械など幅広い分野で使用されている。鉄は、古代から現代まで人々の生活と産業を支え続けている、最も重要な金属元素の一つである。
英語名Ironは古英語 īsern などに由来し、さらに古い語源については諸説がある。元素記号Feは、ラテン語で鉄を意味する ferrum に由来する。
鉄は第4周期・第8族に属する遷移金属元素である。電子配置は [Ar] 3d⁶4s²であり、代表的な酸化数は+2と+3である。
純鉄は銀白色の金属で、融点は約1,538℃、密度は約7.87である。常温では強磁性を示すが、約770℃のキュリー点を超えると磁気モーメントの向きが変化し強磁性を失う。
鉄の大きな特徴は、炭素をはじめとする元素を加えることで、その性質を大きく変化させられることにある。
一般に炭素量が比較的少ない合金鉄は鋼として利用され、炭素量が多いものは鋳鉄として利用される。さらにクロム、ニッケル、マンガン、モリブデン、バナジウムなどを添加することで、強度、硬さ、靭性、耐食性、耐熱性、焼入れ性などを大きく変化させることができる。
天然の鉄は主として、赤鉄鉱(Fe₂O₃)、磁鉄鉱(Fe₃O₄)、針鉄鉱などの鉄鉱石として存在する。地殻中にも比較的豊富に存在し、地球全体ではさらに大量の鉄が存在している。地球の核は鉄を主成分とし、ニッケルなどを含むと考えられている。
現代の製鉄では、鉄鉱石を高炉でコークスなどを用いて還元し、炭素を多く含む銑鉄を製造する。これを転炉などで精錬して炭素や不純物を調整し、さまざまな鋼が製造される。また、スクラップを主原料とする電気炉製鋼も重要な製造方法である。
鉄は建築物、橋梁、自動車、鉄道、船舶、産業機械、工具、金型、配管、家電など、社会のほぼあらゆる分野で使用されている一方で、微量ながら「酸素の運び屋」として人体内にも存在する。
ヘモグロビンに含まれる鉄原子は、肺などの酸素の豊富な場所に来ると酸素と結合し、逆に酸素の少ない場所までくると運んでいた酸素を放す性質がある。この性質を利用して、鉄は肺から取り入れた酸素を体の各部へと運んでいる。
| 鉄/Iron(Fe) | |
| 鉄は、工業的に最も重要な同素変態を示す金属。 温度によって異なる結晶構造を持つことで知られ、これを相変態と呼ぶ。 鉄鋼材料の熱処理(焼き入れ、焼き戻しなど)はこの性質を巧みに利用している。 |
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| α 鉄(フェライト) | 常温から911℃までの安定相。 体心立方格子構造(BCC)を持つ強磁性体。 |
| γ 鉄(オーステナイト) | 911℃から1392℃までの安定相。 面心立方格子構造(FCC)を持つ非磁性体。 |
| δ 鉄(デルタフェライト) | 1392℃から融点までの安定相。 その後、温度上昇とともに再び体心立方格子構造(BCC)に戻る。 |
| 元 素 記 号 | Fe |
| 陽 子 数 | 26 |
| 価 電 子 数 | 8 ※3d・4s電子を含めて考えた場合 |
| 原 子 量 | 55.845 |
| 融 点 | 約1,538 |
| 沸 点 | 約2,862 |
| 密 度 | 7.874 |
| 存 在 度 | 地球 約5%(地殻中・質量比) 宇宙 約0.1%(質量比) |
| 代表的な製品 | 鋼材、自動車、建築構造材、鉄道、船舶、工具、機械部品、鋳鉄品、鋳鋼品、ステンレス鋼 |
鉄と鋳造
鉄は鋳造分野において最も重要な金属の一つであるが、実際の鋳造品に使用されるのは純鉄ではなく、主として鋳鉄(Cast Iron)と鋳鋼(Cast Steel)である。
■ 鋳 鉄
鋳鉄は、鉄を主成分として比較的多くの炭素を含むFe-C系合金である。実用鋳鉄では炭素に加えてケイ素、マンガンなどを含み、その組成と凝固条件によって組織や性質が大きく変化する。
鋳鉄は鋳鋼と比較して融点が低く、一般に溶湯の流動性にも優れるため、複雑な形状の鋳造に適している。
鋳鉄で特に重要なのが、炭素がどのような形で存在するかである。
炭素が黒鉛として晶出する場合と、鉄と結合してセメンタイト(Fe₃C)として存在する場合では、鋳物の性質が大きく異なる。
代表的な鋳鉄には、以下のものがある。
| 代表的な鋳鉄の種類 | |
| ねずみ鋳鉄 | 黒鉛が片状に晶出した鋳鉄である。鋳造性、被削性、振動吸収性、熱伝導性などに優れ、工作機械、エンジン部品、機械ベッドなどに使用される。 |
| 球状黒鉛鋳鉄(ダクタイル鋳鉄/ノデュラー鋳鉄) | 溶湯にマグネシウムなどを添加し、黒鉛を球状化した鋳鉄である。片状黒鉛鋳鉄より応力集中が小さく、強度と靭性に優れる。自動車部品、配管、産業機械部品などに使用される。 |
| 白鋳鉄 | 炭素の多くが黒鉛ではなくセメンタイトとして存在する鋳鉄である。非常に硬く耐摩耗性に優れる一方、脆く、切削加工が難しい。 |
鋳 鋼
鋳鋼は、鋼を溶融して鋳型に鋳込み、目的の形状を得る材料である。
鋳鉄と比較すると炭素量が少なく、強度、靭性、延性に優れるため、大きな荷重や衝撃を受ける機械部品などに使用される。
一方で鋳鉄より融点が高く、流動性も低いため、一般に鋳造難易度は高くなる。
また凝固収縮も大きいため、押湯による溶湯補給と指向性凝固の設計が特に重要となる。
鉄と炭素
鉄鋼材料を理解するうえで最も重要な元素の一つが炭素である。
炭素は少量でも鉄の強度、硬さ、変態、凝固挙動などに大きな影響を与える。
Fe-C系では、温度と炭素濃度によってフェライト、オーステナイト、セメンタイト、液相などの安定領域が変化する。鋳鉄ではさらに、炭素が黒鉛として晶出する安定系と、セメンタイトとして存在する準安定系の競合が重要となる。
このため鋳鉄では、化学成分だけでなく、冷却速度、鋳物の肉厚、接種処理、溶湯温度などによっても黒鉛化の程度が変化する。
急冷される薄肉部や鋳型との接触部ではセメンタイトが生成しやすく、硬い白鋳鉄組織となるチル化が起こる場合がある。
一方、ケイ素の添加や適切な接種処理は黒鉛化を促進する方向に作用する。
収縮鋳巣と引け
鉄系材料でも、液体から固体へ変化するときの体積変化は鋳造欠陥と深く関係する。
特に鋳鋼では凝固収縮が大きいため、凝固する製品部へ押湯から溶湯を供給する必要がある。
製品の薄い部分から厚い部分、さらに押湯へ向かって順番に凝固させる指向性凝固を確保することが、引け鋳巣を防止する基本となる。
一方、ねずみ鋳鉄や球状黒鉛鋳鉄では、凝固時に黒鉛が晶出する際の体積膨張が収縮を部分的に補う。この性質は鋳鉄の優れた鋳造性に関係するが、凝固条件や溶湯補給の状態が不適切であれば、鋳鉄でも引け巣や引け性欠陥は発生する。
酸化と鋳造欠陥
溶融した鉄は酸素との反応性が高く、溶解・鋳込みの過程で酸化物を形成する。
また鋼では酸素だけでなく、水素や窒素などのガス成分も鋳造品質に影響する。
溶湯中の酸素を低減するため、鋼ではアルミニウム、ケイ素、マンガンなどによる脱酸(Deoxidation)が行われる。
生成した酸化物が適切に浮上・除去されず溶湯中に残ると、非金属介在物となり、機械的性質や鋳造品質を低下させる原因となる。
また鋳込み時に溶湯を激しく乱すと、酸化物やスラグを巻き込みやすくなるため、湯道設計では単に「速く流す」だけではなく、溶湯表面をできるだけ乱さず鋳型を充填することも重要である。
鉄は、炭素量、合金元素、凝固速度、黒鉛化、脱酸、接種処理などによって組織と性質を大きく変える。
そのため鉄の鋳造は、単に「鉄を溶かして型に流す技術」ではなく、凝固過程でどのような組織を作るかを制御する技術でもある。
人間後と地球の中心をつなぐ元素
鉄は巨大な建築物や機械を作る材料ですが、私たちの体の中でも重要な働きをしています。
血液中の赤血球にはヘモグロビンというタンパク質があり、その中心には鉄が存在します。この鉄を含む構造が酸素と結合することで、肺から取り込んだ酸素を全身へ運ぶことができます。
一方、視点を私たちの体から地球内部へ移すと、そこにも大量の鉄があります。
地球の中心部にある核は、主として鉄とニッケルなどから構成されていると考えられています。
つまり鉄は、私たちの血液の中では酸素を運ぶ仕組みを支え、地球の中心では巨大な惑星そのものを構成する主要元素となっています。
さらに宇宙では、鉄は恒星の進化を考えるうえでも特別な元素です。
軽い元素は核融合によってより重い元素へ変化し、その過程でエネルギーを生み出します。しかし鉄付近の原子核は非常に安定しているため、通常の恒星では鉄より重い元素を核融合によって作りながらエネルギーを得続けることが難しくなります。
人体の中から、地球の中心、そして恒星の進化まで――鉄は、非常に異なるスケールの世界をつないでいる元素なのです。
もう一つ、鉄に関する面白い話があります。
「鉄でできた柱なのに、1600年以上ほとんど錆びていない?」
インドのデリーには、約1600年前に造られた巨大な鉄柱があります。
高さは約7メートル。屋外に立ち続けている鉄の柱ですから、普通に考えれば表面は激しく腐食していても不思議ではありません。
ところが、この「デリーの鉄柱」は、長い年月を経ても著しい腐食が進んでいないことで世界的に知られています。
「古代インドには、現代を超える謎の防錆技術があったのでは?」
と思いたくなりますが、その理由は魔法のような特殊技術ではありません。
研究では、この鉄に含まれる比較的多いリンと、材料表面に長い年月をかけて形成された緻密な保護性の腐食生成物の層が、腐食の進行を抑えている重要な要因と考えられています。
さらに、鉄柱が置かれている地域の気候条件なども、その保存状態に影響していると考えられています。
つまり、この鉄柱は単純に「錆びない鉄」なのではなく、
「少しずつ腐食しながら、その腐食生成物が自分自身を守る皮膜へ変化していった鉄」
と考える方が実態に近いのです。
現代では、クロムを加えて不動態皮膜を形成するステンレス鋼や、表面に保護性のさびを形成させる耐候性鋼など、腐食を制御するさまざまな鉄鋼材料が使われています。
しかし、そのはるか昔に造られた鉄柱が、1600年もの時間をかけて「腐食と防食」の面白さを現在まで伝えているのです。
鋳造用語 索引
