モリブデン
Molybdenum
1778年、スウェーデンの化学者カール・ヴィルヘルム・シェーレ(Carl Wilhelm Scheele)は、輝水鉛鉱(モリブデナイト:MoS₂)を分析する中で、それまで鉛や黒鉛と混同されていた鉱物に未知の元素が含まれていることを明らかにした。当時は化合物として存在が確認されただけであり、1781年にスウェーデンの化学者ペーター・ヤコブ・イェルム(Peter Jacob Hjelm)がその化合物を還元し、金属モリブデンを得ることに成功した。
元素名(Molybdenum)は、ギリシャ語で「鉛」を意味する「μόλυβδος(molybdos)」に由来している。代表的な鉱石である輝水鉛鉱が黒灰色で柔らかく、外観や性質が鉛鉱物や黒鉛に似ていたため、長い間これらと混同されていたことが名称の由来となっている。
モリブデンは、第5周期・第6族に属する遷移金属元素である。電子配置は [Kr] 4d⁵5s¹で、+2から+6まで複数の酸化数をとり、特に+6価が重要である。銀白色の金属で、融点は約2,623℃と非常に高く、タングステンやタンタル、レニウムなどとともに高融点金属に分類される。高温でも強度を維持しやすく、熱膨張が比較的小さいという特徴を持つ。
一方、高温の酸化雰囲気では酸化が進むため、高融点であることがそのまま高い耐酸化性を意味するわけではない。
天然には単体ではほとんど存在せず、主に輝水鉛鉱(MoS₂)として産出する。モリブデン鉱床から直接採掘されるほか、銅鉱石とともに産出し、銅生産の副産物として回収されることもある。鉱石を選鉱して得られたMoS₂を焙焼して三酸化モリブデン(MoO₃)とし、鉄鋼用途ではフェロアロイのひとつであるフェロモリブデンなどに加工して合金添加材として利用される。
モリブデンは、鉄鋼材料の性能を向上させる重要な合金元素として広く利用されている。鋼に添加すると焼入れ性、高温強度、クリープ強度、耐摩耗性などが向上するため、クロムモリブデン鋼、工具鋼、高速度工具鋼、耐熱鋼などに使用される。また、ステンレス鋼では塩化物環境における孔食やすきま腐食への抵抗性を高める効果があり、代表的なSUS316にはモリブデンが添加されている。鋳鉄やニッケル基合金にも高温強度や耐食性を向上させる目的で利用される。このほか、二硫化モリブデン(MoS₂)は固体潤滑剤として、モリブデン化合物は石油精製の水素化脱硫触媒として利用されるなど、金属材料以外にも幅広い用途を持つ。
| 元 素 記 号 | Mo |
| 陽 子 数 | 42 |
| 価 電 子 数 | 6 ※遷移金属として4d・5s電子を含めた場合 |
| 原 子 量 | 95.95 |
| 融 点 | 約2623 |
| 沸 点 | 約 4639 |
| 密 度 | 約10.28 |
| 存 在 度 | 地球 1.2 ppm 宇宙 0.01(質量比・概算) |
| 代表的な製品 | 潤滑油やエンジンオイルの添加材・クロムモリブデン鋼、ステンレス鋼、工具鋼、Ni基合金、固体潤滑剤、石油精製触媒、高温炉部材 |
戦争が注目させたモリブデン
現在では特殊鋼に欠かせないモリブデンですが、19世紀までは工業的な利用がそれほど進んでいませんでした。
大きな転機の一つとなったのが、20世紀初頭の鉄鋼技術の発展です。
当時、高強度鋼にはタングステンなどが利用されていましたが、モリブデンにも鋼の強度や高温特性を向上させる効果があることが分かり、第一次世界大戦の頃から軍需を含む特殊鋼への利用が注目されるようになりました。
モリブデンは少量の添加でも鋼の焼入れ性や高温強度を高めることができ、その後、自動車、航空機、発電設備、化学プラントなどへ用途を広げていきました。
現在ではクロムモリブデン鋼や工具鋼、耐熱鋼、ステンレス鋼など、さまざまな材料に利用されています。
もともとは鉛や黒鉛と間違えられていた鉱物から発見された元素が、20世紀になると「鉄の性能を引き上げる元素」として重要な存在になったのです。
モリブデンの歴史は、元素そのものの価値が、その元素を使いこなす材料技術の発達によって大きく変わることを示す一例でもあります。
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