※ロストワックス鋳造のブロックモールド法(ソリッドモールド法)の解説です。
金属と金属を掛け合わせて合金をつくるとき、おたがいの「相性」を知っておくと、後の「仲違い」の危険性を知ることができます。
また、既にある合金でも、鋳造の際の「問題」を少し予測できるようになり、「問題が発生しない」ような対策も講じることが可能になるかも知れません。ここでいう「問題」とは、偏析を指します。
偏析は、上手くコントロールすれば、金属の強度を調節したり、耐腐食性を向上させたりなど、鋳造後の合金特性を向上させるなどの効能があります。一方、予知できない偏析、野放しの偏析は、しばしば鋳造欠陥の原因となり、非常にやっかいな現象となります。
金属間の「相性」を探るひとつの方法として、「電気陰性度」があります。
電気陰性度とは、不純物原子と主成分原子がどれだけ結合しやすいかの尺度です。
このコラムのTOPICS
電気陰性度を知るメリット
何を予測できる?
電気陰性度の尺度
高低の判断基準
金属の組み合わせ例
電気陰性度と原子半径
主な金属の電気陰性度
電気陰性度を知るメリット
複数の金属が合わさったときの固溶の度合いや偏析など、鋳造後の凝固プロセスにおける不純物原子の振る舞いを予測することができます。
電気陰性度の差が大きいほど、不純物原子は主成分原子の結晶格子に収まりにくく、固相から排除されやすくなる傾向があります。
何を予測できる?
電気陰性度を知ると、凝固時の「既に固まっている固体」と「まだ固まっていない液体」の境目にはたらくエネルギーを知ることができます。
合金の凝固において、溶質(不純物)原子と溶媒(主成分)原子の電気陰性度の差が大きいほど、原子間の結合が強固になり、界面エネルギーに影響を与えます。
このエネルギーは、核形成(nucleation)のしやすさや、その後の結晶成長の形態(デンドライトなど)を左右します。
このエネルギーを界面エネルギーと呼び、各元素が持つ、電気陰性度の違いは、固体と液体の界面に存在するエネルギーを決定する要因の一つとなります。
このエネルギーの違いは「固溶度」と「偏析」に影響します。
■ 固溶度 (Solubility)
液体状態の溶媒に、不純物原子がどれだけ溶けるかを示す尺度となる。
電気陰性度の差が大きい原子同士は、イオン結合的な性質を帯びやすく、互いに結合して化合物を作りやすくなります。
このため、主成分原子と不純物原子の電気陰性度の差が大きい場合、固相での固溶度(不純物が主成分の結晶格子にどれだけ入り込めるか)が低くなる傾向があります。これは、凝固時の不純物の挙動、例えば偏(segregation)に直接影響するものです。
■ 偏析 (Segregation)
偏析は、凝固の進行に伴い、不純物原子が固体相から排除され、液相側に濃縮される現象を指します。
電気陰性度の差が大きく、固溶度が低い不純物原子は、固相に入り込みにくいため、凝固界面の最先端で濃縮されやすくなります。
この不純物の濃縮は、凝固界面の形状を不安定化させ、セル状やデンドライト状の凝固組織を形成する原因となります。
電気陰性度の尺度
電気陰性度は、原子が共有電子対を引き付ける相対的な強さを数値で示すものです。
つまり元素と元素を比較したときの差を示しています。電子陰性度の数値は無次元量です。
電子陰性度は、原子核からの引力や電子配置に基づいて計算されます。
最も一般的な用いられるポーリング尺度は、結合エネルギーのデータに基づいて経験的に導き出されたもので、特定の物理単位(例:メートル、グラム、秒)を持つわけではありません。
※ ポーリング尺度
電気陰性度が高いフッ素を4.0として設定し、他の元素の値を相対的に決定する値。
高低の判断基準
電気陰性度には、客観的な高低の判断基準はありません。 あくまで相互関係における相対的な尺度です。
客観的な基準に代わる考え方
高低の判断基準は存在しませんが、特定の電気陰性度の差が、結合の性質を判断するための客観的な目安として用いられます。
■ 差が非常に小さい(0.4以下)
無極性共有結合(Nonpolar Covalent Bond)と見なされます。
電子の偏りがほとんどないためです。
■ 差がある程度大きい(0.4〜1.7)
極性共有結合(Polar Covalent Bond)と見なされます。
電子はより電気陰性度の高い原子の方に偏ります。
■ 差が非常に大きい(1.7以上)
イオン結合(Ionic Bond)と見なされます。
電気陰性度の高い原子が電子を完全に奪い取る傾向があるためです。
● これらの数値は厳密な境界線ではなく、結合の性質が連続的に変化するスペクトラムを表すための目安として使われます。
つまり、電気陰性度の大小は、『A原子はB原子よりも電子を引きつける力が強い』というように、常に相対的な関係性で評価されるものです。
金属の組み合わせ例
差が「小さい」「大きい」「非常に大きい」とされる代表的な組み合わせを、工業製品と宝飾品鋳造に分けて以下に示します。
この分類は、電気陰性度の差が結合の性質に与える影響を理解する目安です。
差が大きいと固溶を阻害し、偏析が起きやすい傾向があります。
差が小さい例 (無極性共有結合に近い)
■ 鉄 (Fe) と ニッケル (Ni)
電気陰性度の差:
非常に近い値を持つため、鉄鋼やステンレス鋼において、これらの原子は固溶体を形成しやすく、均一な金属結合を形成します。
これにより、材料の機械的特性が向上します。
■ 金 (Au) と 銅 (Cu)
電気陰性度の差:
差はありますが、純粋なイオン結合を形成するほど大きくありません。
金と銅は合金(例えばK18 レッドゴールド)を形成し、互いに混ざり合いやすい性質があります。
このため、均一な鋳造が可能になり、硬度や色調の調整に役立ちます。
※ この合金は、規則-不規則変態により徐冷すると「割れ」が発生するため、急冷が推奨される.。
差が大きい例 (極性共有結合)
■ アルミニウム (Al) と ケイ素 (Si)
電気陰性度の差:
差が小さい組み合わせですが、アルミニウム合金において、ケイ素はアルミニウムの結晶格子に入り込む固溶体となったり、Al-Si相を形成したりします。
この相は、凝固学的にはデンドライトの成長に影響を与え、鋳造性を高める効果があります。
■ 金 (Au) と 亜鉛 (Zn)
電気陰性度の差:
Au-Znの合金は、特定の比率で脆い金属間化合物を形成することがあります。これは、電気陰性度の差による結合の偏り(極性)が影響していると考えられます。
この性質は、凝固学的な組織の不均一性や鋳造欠陥につながる可能性があります。
差が非常に大きい例(イオン結合に近い)
■ 鉄 (Fe) と 硫黄 (S)
電気陰性度の差:
この組み合わせは、鉄鋼において望ましくない硫化鉄 (FeS) という化合物を形成します。
FeSは脆く、融点が低いため、鉄鋼の熱間加工時に割れを引き起こす原因となります。
これは、電気陰性度の差が結合の性質を大きく変え、金属の特性を損なう例です。
■ 金 (Au) と 酸素 (O)
電気陰性度の差:
鋳造時に酸化物(例:酸化物介在物)を形成しやすくなります。
酸素が溶融金属中に取り込まれると、電気陰性度の差から、酸素は金や他の合金元素と強く結合し、酸化物として凝固中に析出します。
これらの酸化物は鋳造物の内部に欠陥として残り、最終製品の強度や美観を損ないます。
電気陰性度と原子半径
電気陰性度は原子半径と密接に関連しています。
簡単に言うと、原子半径が小さいほど電気陰性度は大きくなる傾向があります。 これは、原子核が価電子(最外殻の電子)を引きつける力に関係しています。
関連性の理由
1. 原子半径が小さいと原子核と価電子の距離が近くなります。
2. 距離が近くなると、原子核からの引力が強くはたらき、原子核(正電荷)が価電子(負電荷)をより強く引きつけます。
3. その結果、その原子は他の原子から電子を引きつけようとする力が強くなり、電気陰性度が大きくなります。
● この関係は、周期表の一般的な傾向によく表れています。
■ 周 期(横方向)
左から右に行くにつれて、原子核の陽子の数が増えるため、価電子を引きつける力が強くなります。しかし、電子は同じ電子殻に入るため、原子半径は小さくなります。
したがって、元素周期表の右に行くにつれて、電気陰性度は増加します。
■ 族(縦方向)
上から下に行くにつれて、電子殻の数が増えるため、原子半径は大きくなります。原子核から価電子までの距離が遠ざかるため、原子核の引力が弱まります。
したがって、元素周期表の下に行くにつれて、電気陰性度は減少します。
このように、電気陰性度と原子半径は、周期表における逆の傾向を示します。
フッ素が最も電気陰性度が大きく、原子半径が小さいことからも、この関係がわかります。
主な金属の電気陰性度
金 属 名 | 原子半径 (pm) | 電気陰性度 |
鉄 (Fe) | 124 | 1.83 |
ニッケル (Ni) | 124 | 1.91 |
アルミ (Al) | 143 | 1.61 |
クロム (Cr) | 128 | 1.66 |
亜鉛 (Zn) | 137 | 1.65 |
鉛 (Pb) | 175 | 2.33 |
錫 (Sn) | 140 | 1.96 |
銅 (Cu) | 128 | 1.90 |
金 (Au) | 144 | 2.54 |
銀 (Ag) | 144 | 1.93 |
プラチナ (Pt) | 139 | 2.28 |
パラジウム (Pd) | 137 | 2.20 |
※ 電気陰性度は、原子が共有電子対を引きつける相対的な強さを表す無次元量です。