パラジウム
Palladium
1803年、イギリスの化学者ウィリアム・ハイド・ウォラストン(William Hyde Wollaston)が、南米産の粗白金鉱石を分析する過程でパラジウムを発見した。ウォラストンは白金鉱石を王水に溶解し、複雑な分離操作を行うことで、それまで知られていなかった新しい金属を取り出した。同じ研究過程から、翌年にはロジウムも発見している。
元素名Palladiumは、1802年に発見された小惑星パラス(Pallas)に由来する。当時は新しく発見された天体に社会的な関心が集まっており、ウォラストンはその名を新元素に与えた。元素と天文学が結びついた命名例の一つである。
パラジウムは、第5周期・第10族に属する遷移金属元素で、白金族元素(PGM)の一つである。電子配置は基底状態で [Kr] 4d¹⁰という、遷移金属としては特徴的な電子配置を持つ。化合物では+2価が特に重要で、+4価などの酸化状態もとる。
銀白色の光沢を持つ貴金属で、展延性や耐食性に優れる。密度は約12.0で、プラチナの約21.5と比較するとかなり軽い。また融点は約1,555℃で、金や銀より高いものの、白金族元素の中では比較的低い。
天然には単体または白金族鉱物として存在するほか、ニッケル・銅鉱石などに微量に含まれている。単独のパラジウム鉱山というより、白金やニッケル、銅などの採掘・精錬に伴う副産物として回収されることが多い。このため供給量は他金属の生産状況にも左右されやすい。
パラジウムの代表的な用途は自動車排ガス浄化触媒である。特にガソリン車の三元触媒などで、白金やロジウムとともに一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)、窒素酸化物(NOx)などの有害成分を低減するために使用されている。
また、パラジウムは化学反応を促進する触媒として非常に重要である。有機合成では炭素-炭素結合を形成する反応などに広く利用され、医薬品、農薬、電子材料など複雑な有機化合物の製造を支えている。
宝飾分野ではパラジウム単独または合金として使用されるほか、プラチナ合金やホワイトゴールドの添加元素(割り金)としても利用される。金にパラジウムを加えると白色化するため、ニッケルを使用しない高融点ホワイトゴールド系合金にも利用される。
さらに電子部品、歯科材料、水素関連技術などにも利用される。特にパラジウムは水素を吸収・透過させる特徴を持つことから、水素精製膜や水素関連材料としても研究・利用されている。
| 元 素 記 号 | Pd |
| 陽 子 数 | 46 |
| 価 電 子 数 | 10 ※4d電子を価電子として数えた場合 |
| 原 子 量 | 106.42 |
| 融 点 | 約1,555 |
| 沸 点 | 約2,963 |
| 密 度 | 12.02 |
| 存 在 度 | 地球 約約0.015 ppm 宇宙 約 約0.003 ppm(質量比) |
| 代表的な製品 | 自動車排ガス浄化触媒、化学触媒、ジュエリー、ホワイトゴールドの割金、白金合金の割金、電子部品、水素精製膜、歯科材料 |
パラジウムと鋳造
パラジウムは、ジュエリー分野を中心として白金合金やホワイトゴールドなどの鋳造に関係する重要な貴金属元素である。
パラジウムの融点は約1,555℃であり、金(約1,064℃)や銀(約962℃)よりかなり高い。このためパラジウム含有量が増えると、合金の溶解温度・鋳造温度も高くなる傾向があり、使用する鋳造機、坩堝、埋没材などには高温への対応が求められる。
例えば金-パラジウム系のホワイトゴールドでは、パラジウムは金の黄色を弱め、白色化するとともに、機械的性質にも影響を与える。一方、Pd量や他の合金元素によって液相線・固相線、流動性、凝固範囲、硬さなどが変化するため、金や銀と同じ鋳造条件をそのまま使用できるとは限らない。
パラジウムは、水素を吸収しやすい性質である。
パラジウムは、溶解時に体積の約60倍ものガスを取り込む特性がある。このため、鋳造時にはガス鋳巣の発生を抑える検討をする必要がある。
また、高温では表面に酸化物が形成される場合があり、温度や雰囲気によってその挙動が変化する。したがって、パラジウムやPdを多く含む合金では、単に「貴金属だから酸化しない」と考えるのではなく、実際の溶解温度域における酸化・還元挙動を考慮する必要がある。
さらにパラジウムは高価な貴金属であるため、鋳造後に発生する湯道(スプルー)、押し湯、研磨粉(落ち粉)、切削粉、集じん粉などの回収・精錬も重要である。
一般金属では廃棄してしまうような微細な粉末や付着物にもパラジウムが含まれている可能性があり、材料歩留まりだけでなく、回収工程まで含めて管理することが経済的に重要となる。
このようにパラジウムは、鋳造において「高温での溶解」「ガスとの相互作用」「酸化挙動」「貴金属回収」まで含めて管理する必要がある元素である。
新元素を発見したのに、最初は発見者を名乗らなかった
1803年、ウォラストンは白金鉱石から未知の金属を取り出すことに成功しました。
普通なら、新元素の発見として論文を発表しそうなところです。
ところがウォラストンは、最初から自分が発見者であることを公表したわけではありませんでした。
彼は精製した新しい金属を「Palladium, or New Silver(パラジウム、または新しい銀)」として匿名で販売したのです。
突然、「新しい銀」が売り出されたため、科学者の間では本当に新元素なのか、それとも既知の金属を混ぜて作った合金なのかという論争が起こりました。
特にアイルランドの化学者リチャード・チェネヴィックス(Richard Chenevix)は、パラジウムは白金と水銀から作られた合金ではないかと考えました。
ウォラストンはすぐには自分が発見者であることを明かさず、パラジウムが独立した元素であることを示す証拠を積み重ねていきました。そして後に、自らが白金鉱石からパラジウムを分離したことを正式に公表しました。
現在では、新元素を発見すれば論文として発表し、第三者による検証を受けることが当たり前ですが、19世紀初頭の元素発見には、現在とはかなり異なる科学者たちの駆け引きがあったのです。
ちなみにウォラストンは、この研究の過程でロジウムも発見しています。
一つの白金鉱石の中から、性質の異なる複数の未知元素が次々と見つかっていったことは、当時の化学者にとって、鉱石が単純な物質ではなく、まだ知られていない元素を含む「宝箱」のような存在だったことを示しています。
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