ニッケル
Nickel
ニッケルは1751年、スウェーデンの鉱物学者・化学者アクセル・フレドリク・クルーンステット(Axel Fredrik Cronstedt)によって発見された。
当時、ドイツの鉱山では銅鉱石に似た赤褐色の鉱石が知られていた。鉱夫たちはこの鉱石から銅を取り出そうとしたものの、うまく製錬することができなかったため、ドイツ語で「悪魔」や「いたずら者」を意味するNickelにちなみ、「Kupfernickel(銅の悪魔)」と呼んでいた。
クルーンステットはこの鉱石を詳しく調べ、銅とは異なる金属を分離した。そして新元素であることを確認し、鉱石の呼び名からNickelと名付けた。
ニッケルは第4周期・第10族に属する遷移金属元素である。電子配置は [Ar] 3d⁸4s²で、銀白色の光沢を持ち、展延性、靱性、耐食性、耐熱性に優れる。
代表的な酸化数は+2である。また鉄やコバルトと同様、常温で強磁性を示す代表的な金属元素の一つである。
融点は約1,455℃と比較的高く、高温でも優れた機械的性質を維持しやすい。この性質を利用して、鉄、クロム、コバルトなどと組み合わせたさまざまな耐熱・耐食合金が作られている。
天然では主として硫化鉱とラテライト鉱に含まれる。代表的なニッケル鉱物にはペントランド鉱などがあり、ラテライト鉱床では酸化鉱物や含水珪酸塩鉱物などにニッケルが含まれている。
ニッケルの代表的な用途はステンレス鋼である。鉄にクロムとニッケルを加えることで、優れた耐食性、靱性、加工性を持つ材料を作ることができる。代表的なSUS304には約8%前後のニッケルが含まれている。
また、ニッケルを主体としたNi基超合金は、高温でも強度や耐酸化性を維持できることから、航空機のジェットエンジン、ガスタービン、発電設備などに利用される。
銅との合金である白銅(キュプロニッケル)は、100円硬貨や50円硬貨でも使われており、銅-ニッケル-亜鉛系の洋白にも利用されている。さらに、ニッケルめっき、ニッケル水素電池、リチウムイオン電池の正極材料、触媒、硬貨、電子部品など、非常に幅広い用途を持つ元素である。
| 元 素 記 号 | Ni |
| 陽 子 数 | 28 |
| 価 電 子 数 | 10 ※3d・4s電子を含めて考えた場合) |
| 原 子 量 | 58.6934 |
| 融 点 | 約1,455 |
| 沸 点 | 約2,913 |
| 密 度 | 約8.90 |
| 存 在 度 | 地球 約84 ppm(地殻) 宇宙 約60 ppm(質量比) |
| 代表的な製品 | ステンレス鋼、Ni基超合金、Ni-Resist鋳鉄、白銅、洋白、ニッケルめっき、電池材料、触媒、硬貨、電子部品 |
ニッケルと鋳造
ニッケルは鋳造分野において非常に重要な合金元素である。
鋳鉄、鋳鋼、ステンレス鋳鋼、銅合金、Ni基超合金など、さまざまな鋳造材料に利用されており、強度、靱性、耐食性、耐熱性などを向上させる役割を持つ。
■ 鋳鉄への添加
鋳鉄にニッケルを添加すると、基地組織のパーライト化(パーライト変態)やオーステナイトの安定化などを通じて、強度、靱性、耐摩耗性、耐食性などを調整することができる。
ニッケルは一般に黒鉛化を妨げにくい合金元素であり、クロムやモリブデンなどと組み合わせて使用されることも多い。
特に高濃度のニッケルを含むオーステナイト系鋳鉄はニレジスト(Ni-Resist)として知られる。
Ni-Resist鋳鉄はオーステナイト基地を持ち、一般的な鋳鉄と比較して優れた耐食性、耐熱性、低温特性などを持つ。このためポンプ、バルブ、排気系部品、化学装置など、厳しい環境で使用される鋳物に利用される。
■ 鋳鉄・ステンレス鋳鋼
鋳鋼では、ニッケル添加によって靱性や焼入れ性を向上させることができる。
特に低温環境ではニッケルによる靱性向上が重要であり、低温用鋼にも利用される。
ステンレス鋳鋼では、ニッケルはオーステナイトを安定化させる代表的な元素である。
クロムが表面に不動態皮膜を形成して耐食性を与えるのに対し、ニッケルはオーステナイト組織を安定化させ、靱性、延性、加工性などの改善に寄与する。
そのためCrとNiの組み合わせは、ステンレス鋼・ステンレス鋳鋼の材料設計を考えるうえで非常に重要である。
■ 銅合金(白銅・キュプロニッケル)
ニッケルは銅合金においても重要な合金元素である。
銅(Cu)にニッケル(Ni)を添加した合金は、一般に白銅(Cu-Ni合金、キュプロニッケル)と呼ばれる。銅にニッケルを加えていくと銅特有の赤みが薄れ、ニッケル量の増加とともに銀白色に近い外観となる。
代表的な組成には、90Cu-10Ni(10%ニッケル白銅)や70Cu-30Ni(30%ニッケル白銅)がある。
銅とニッケルは原子の大きさや結晶構造が近く、液体状態だけでなく固体状態でも広い組成範囲にわたって互いに固溶する。このためCu-Ni系は、合金の凝固や状態図を学ぶ際にも代表的な全率固溶型合金(全率固溶体)として扱われる。
ニッケルを銅に添加する大きな目的の一つが、耐食性、特に海水に対する耐食性の向上である。
そのため白銅は、船舶、海水配管、熱交換器、復水器、ポンプ、バルブなど、海水と接触する部品に広く使用されている。
またCu-Ni合金には、鉄(Fe)やマンガン(Mn)が少量添加される場合がある。これらの添加は海水環境での耐食性、耐エロージョン・コロージョン性、機械的性質などの改善に利用される。
鋳造用Cu-Ni合金は、ポンプケーシング、バルブ、インペラ、船舶用部品など、複雑な形状を必要とする耐食部品にも利用される。
一方、鋳造時には溶湯の酸化やガス吸収、鋳型への充填などを適切に管理する必要がある。過度な過熱や長時間の溶湯保持を避け、炉、るつぼ、溶解雰囲気、脱酸方法などを合金組成に合わせて選択することが重要である。
Cu-Ni系は全率固溶型であるものの、凝固時には固相と液相で成分濃度に差が生じるため、鋳造組織ではミクロ偏析(コアリング)が生じることがある。必要に応じて均質化熱処理などによって組織と成分の均一化を図る。
ニッケルは銅に単に白い色を与える元素ではなく、銅を海水環境でも使用できる優れた耐食材料へ発展させる重要な合金元素なのである。
なお、白銅と混同されやすい材料に洋白(Nickel Silver)がある。白銅が基本的にCu-Ni系であるのに対し、洋白はCu-Ni-Zn系合金である。「Silver」という名称が付いているが、通常は銀を主成分とする合金ではない。
■ Ni基超合金
ニッケルが鋳造技術と最も高度に結びついている分野の一つが、Ni基超合金である。
Ni基超合金にはCr、Co、Mo、W、Al、Ti、Ta、Nb、Reなど多数の元素が添加される。
これらを組み合わせることで、高温強度、クリープ強度、耐酸化性、耐食性などを高めている。
特に航空機のジェットエンジンやガスタービンのタービンブレードでは、通常の等軸晶鋳造だけでなく、凝固方向を制御した一方向凝固鋳造(完全な指向性凝固を行う鋳造)や、結晶粒界そのものをなくした単結晶鋳造が利用される。
高温で長時間、大きな遠心力と燃焼ガスにさらされるタービンブレードでは、結晶粒界がクリープ変形や破壊の起点となる場合がある。
そこで鋳造時の熱流と凝固方向を制御して結晶を一方向に成長させ、さらに発展させて鋳物全体を一つの結晶として凝固させる。
これは、鋳造技術によって材料の結晶構造そのものを設計する技術といえる。
■ ニッケルと凝固・偏析
ニッケルは多くの元素と合金化されるため、鋳造時には凝固偏析にも注意する必要がある。
特にNi基超合金のような多元合金では、凝固中に元素ごとの固液間分配が起こり(分配係数)、デンドライト内部とデンドライト間で成分差が生じる(デンドライト偏析)。
その結果、局所的に低融点相や脆い金属間化合物などが形成される場合がある。
そのため、鋳造条件だけでなく、鋳造後の均質化熱処理(焼きなまし)や溶体化処理などを含めた組織制御が重要となる。
ニッケルは単に「鋳物を強くする添加元素」ではない。
鋳鉄の基地組織制御、ステンレス鋳鋼のオーステナイト安定化、白銅の耐海水腐食性、そしてNi基超合金の単結晶鋳造まで、鋳造材料の性能と用途を大きく広げている元素なのである。
地球には少ないのに、地球全体では大量にある?
地殻だけを見ると、ニッケルはそれほど多い元素ではありません。
ところが地球全体に目を向けると、話は大きく変わります。
地球が誕生した初期、内部が高温になって金属と岩石成分が分離すると、密度の大きな鉄を中心とする金属は地球の内部へ沈んでいきました。
ニッケルは鉄と親和性の高い親鉄元素であるため、鉄とともに地球内部へ移動し、その多くが核に取り込まれたと考えられています。
そのため、私たちが生活している地殻ではニッケルの存在量はそれほど多くありませんが、地球の中心部には大量のニッケルが存在すると考えられています。
このことを実感できる材料の一つが鉄隕石です。
鉄隕石は主として鉄とニッケルからなる天然のFe-Ni合金であり、種類によってニッケル含有量は異なります。
鉄隕石の中には、切断・研磨した表面を酸で腐食すると、「ウィドマンシュテッテン構造」と呼ばれる美しい幾何学模様が現れるものがあります。
この模様は、主として鉄-ニッケル合金の異なる相が、非常に長い時間をかけてゆっくりと冷却・成長することで形成されたものです。
その冷却速度は一般的な人工鋳造とは比較にならないほど遅く、母天体の内部で長い年月をかけて形成された組織と考えられています。
つまりニッケルは、地球の中心部を構成すると考えられる元素であると同時に、宇宙から飛来する隕石の中にも鉄との合金として存在する元素なのです。
普段はステンレス鋼や鋳造用合金の添加元素として目にするニッケルですが、その存在をたどっていくと、地球内部の形成や太陽系の歴史にまでつながっています。
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