ニ オ ブ
Niobium
ニオブは1801年、イギリスの化学者チャールズ・ハチェット(Charles Hatchett)によって発見された。
ハチェットは、大英博物館に保管されていた北米産の鉱物を分析し、そこに未知の元素が含まれていることを発見した。鉱物がアメリカのコロンビア地域に由来すると考えられていたことから、彼はこの新元素をコロンビウム(Columbium)と名付けた。
ところがニオブは、化学的性質が非常によく似たタンタル(Ta)と同じ鉱石中に存在することが多く、両者を分離することが難しかった。そのため19世紀には、ニオブとタンタルが同じ元素なのか別の元素なのかをめぐって混乱が続いた。
1844年、ドイツの化学者ハインリヒ・ローゼ(Heinrich Rose)がタンタル鉱石を研究し、タンタルとは異なる元素を確認してニオブ(Niobium)と命名した。
名称はギリシャ神話に登場するニオベ(Niobe)に由来する。ニオベはタンタロス(Tantalus)の娘であり、化学的性質が非常によく似たタンタルとニオブの関係を、神話上の親子関係になぞらえた名称である。
その後もアメリカではColumbium、ヨーロッパではNiobiumという名称が長く併用されたが、20世紀にIUPACによってNiobiumが正式名称として採用され、元素記号Nbが使用されるようになった。
ニオブは第5周期・第5族に属する遷移金属元素である。電子配置は [Kr] 4d⁴5s¹で、遷移金属として4d・5s電子を含めると価電子数は5個となる。
銀灰色の金属で、融点は約2,477℃と非常に高く、タンタル、モリブデン、タングステンなどとともに高融点金属として扱われる。
代表的な酸化数は+5である。表面には安定した酸化皮膜が形成されるため比較的優れた耐食性を持つ一方、高温では酸素、窒素、炭素などとの反応に注意が必要である。
天然には単体ではほとんど存在せず、主としてパイロクロアやコルンブ石(コロンバイト)などの鉱物に含まれる。タンタルと共存する鉱石も多い。
現在のニオブ資源・生産はブラジルへの集中度が非常に高く、世界的にも供給地域が偏った金属資源の一つである。
ニオブの最大の用途は鉄鋼材料への添加である。
高強度低合金鋼(HSLA鋼)などでは、ごく少量のニオブを添加することで炭化物や炭窒化物を形成し、結晶粒微細化や析出強化によって強度を高めることができる。
このため、自動車用鋼板、パイプライン、建築・橋梁用鋼材など、高強度と軽量化を両立させたい材料に利用される。
また、ステンレス鋼では炭素を固定する元素として使用される。ニオブが炭素と結びつくことでクロム炭化物の形成を抑え、粒界付近のクロム欠乏によって生じる粒界腐食を防止する役割を持つ。
Ni基超合金にも重要な添加元素であり、代表的なInconel 718などではニオブが析出強化に重要な役割を果たす。
さらにニオブ-チタン(Nb-Ti)やニオブ-スズ(Nb₃Sn)は超電導材料として重要であり、MRI、粒子加速器、核融合研究設備などの強力な超電導磁石に利用されている。
| 元 素 記 号 | Nb |
| 陽 子 数 | 41 |
| 価 電 子 数 | 5 ※4d・5s電子を含めて考えた場合 |
| 原 子 量 | 92.90637 |
| 融 点 | 約2,477 |
| 沸 点 | 約4,744 |
| 密 度 | 約8.57 |
| 存 在 度 | 地球 約20 ppm(地殻) 宇宙 0.698 約0.01 ppm(質量比) |
| 代表的な製品 | HSLA鋼、ステンレス鋼、Ni基超合金、耐摩耗鋳鉄、Nb-Ti超電導線材、Nb₃Sn超電導材料、MRI・粒子加速器用超電導磁石 |
ニオブと鋳造
ニオブは鋳造材料において、炭化物形成、結晶粒制御、析出強化、高温強度の向上などに関係する重要な合金元素である。
特にステンレス鋳鋼、耐熱鋳鋼、Ni基超合金などで重要となる。
■ 鋳鋼・ステンレス鋳鋼
ニオブは炭素との親和力が強く、NbCなどの安定した炭化物を形成する。
ステンレス鋼では、炭素がクロムと結合してクロム炭化物を形成すると、その周囲でクロム濃度が低下し、粒界腐食が起こりやすくなる場合がある。
そこでニオブを添加して炭素をNbCなどとして固定することで、クロム炭化物の生成を抑え、耐粒界腐食性を改善することができる。
この考え方を利用した代表的な材料の一つが、Nb安定化ステンレス鋼である。
鋳造材でも同様に、ニオブによる炭素の固定や炭化物形成を利用して、耐食性、高温強度、耐摩耗性などを調整することができる。
一方、ニオブを過剰に添加すると粗大なNb系炭化物や金属間化合物などが形成され、靱性や加工性に悪影響を及ぼす場合がある。
■ Ni基超合金
ニオブと鋳造の関係で特に重要なのがNi基超合金である。
代表例であるInconel 718では、ニオブはNi₃Nbを基本組成とするγ″(ガンマダブルプライム)相の形成に関与する。
γ″相は母相中に微細に析出し、転位の移動を妨げることで材料を強化する。これによりInconel 718は、高温で高い強度を維持することができる。
そのため航空機エンジン、ガスタービン、ロケット、発電設備など、高温・高応力環境で使用される部品に利用されている。
しかし、鋳造時にはニオブ特有の問題も発生する。
■ ニオブと凝固・偏析
Ni基超合金などが凝固するとき、合金元素はすべて均等に固相へ取り込まれるわけではない。
ニオブは多くのNi基超合金において、凝固時の分配係数が1より小さくなる傾向を持つ。
つまり凝固初期の固相には入りにくく、液相側へ残りやすい元素である。
凝固が進むにつれて残液中のニオブ濃度が高くなり、最終凝固部やデンドライト間にニオブが濃化(デンドライト偏析)する。
このような凝固偏析が強くなると、局所的にLaves相などのNbを多く含む相が形成される場合がある。
Laves相は、強化に有効なγ″相とは異なり、一般に脆く、材料の延性や疲労特性などを低下させる原因となる。
さらにLaves相にニオブが取り込まれると、本来γ″相として析出強化に利用したいニオブが母相から失われることにもなる。
そのためInconel 718などの鋳造では、
「ニオブを添加して強化する」ことと、「ニオブを偏析させない」ことの両方が重要 となる。
鋳造条件による凝固組織の制御に加え、鋳造後には均質化処理や溶体化処理などを行い、偏析や析出相を適切に制御する必要がある。
ニオブは、材料を高強度化する非常に有効な元素である一方、鋳造ではその強い偏析傾向まで含めて制御する必要がある元素なのである。
■ 耐摩耗鋳物とニオブ炭化物
ニオブの強い炭化物形成能力は、耐摩耗鋳物にも利用される。
例えば高、高クロム鋳鉄などにニオブを添加すると、非常に硬いNbC系炭化物を形成させることができる。
これらの硬質粒子を基地組織中に分散させることで、アブレシブ摩耗に対する抵抗を高めることができる。
一方、炭化物の量、形状、大きさ、分布が適切でなければ靱性や加工性を低下させる可能性がある。
したがって耐摩耗鋳物でも、ニオブは単純に添加量を増やせばよい元素ではなく、炭素量、クロム量、凝固速度、他の炭化物形成元素などとのバランスを考慮する必要がある。
世界最大級の加速器を支える、ニオブの空洞
ニオブは、ある温度以下になると電気抵抗がゼロになる超電導を示す金属です。
超電導というと、Nb-TiやNb₃Snのように他の元素と組み合わせた超電導材料を思い浮かべることが多いかもしれません。
ところがニオブには、高純度のニオブ金属そのものが巨大な科学装置に使われるという興味深い用途があります。
その代表が、粒子加速器に使用される超電導高周波加速空洞(SRF cavity)です。
加速器では、電子や陽子などの荷電粒子に高周波の電磁場を与えて加速します。この電磁場を発生させるために使われるのが、内側が滑らかな空洞となった金属製の共振器です。
しかし通常の金属では、電流が流れると電気抵抗によってエネルギーの一部が熱として失われてしまいます。
そこで高純度ニオブで空洞を作り、液体ヘリウムなどによって極低温まで冷却します。
ニオブが超電導状態になると電気抵抗による損失を極めて小さくできるため、強い高周波電磁場を効率よく維持できるようになります。
ニオブの超電導転移温度は約9.2 K(約−264℃)です。
これは元素単体の超電導体としては比較的高い温度であり、さらに高い臨界磁場を持ち、加工しやすいことなどから、加速空洞の材料として非常に重要な存在となっています。
興味深いのは、この用途ではニオブの「純度」と「表面」が極めて重要になることです。
わずかな不純物や表面の欠陥、傷、汚染などが加速空洞の性能を低下させる原因となるため、高純度材料の製造だけでなく、成形、溶接、研磨、洗浄、表面処理まで厳密に管理されます。
普段の金属材料では、他の元素を加えて強くする「合金化」が重要になります。
しかし加速器用ニオブでは逆に、
「できるだけ不純物を減らし、純粋なニオブの性質を最大限に引き出す」
ことが重要になります。
鋼ではわずかな添加量で材料を強くし、Ni基超合金では析出強化に関わり、超電導加速器では高純度金属そのものが粒子を加速する装置の心臓部になる。
ニオブは、少量の添加元素としても、主役となる高純度金属としても活躍する元素なのです。
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