なぜ、鉄には専用の鋳造機が必要なのか

ロストワックス鋳造ブロックモールド法(ソリッドモールド法)の解説です。

吉田キャスト工業では、一般的な金属から高融点金属までを対象とした幅広い金属を溶解・鋳造できる鋳造機(YGPシリーズ)をリリースしていますが、純鉄やの含有量が多い合金では専用機が必要となります。
具体的に言うと、少量(150g~700g程度/装置の出力とルツボ容量による)鉄系金属、例えば、銑鉄炭素の含有量が多いステンレス鋼であれば高融点金属用の鋳造機で兼用が可能です。

しかし、純鉄、低炭素鋼やフェライト系のステンレス鋼などの強磁性体の金属では専用の装置の設定が必要となり、特別な仕様の装置を設計する以外、他の金属の併用ができません。

このコラムでは、なぜ鉄には専用の溶解炉や鋳造機が必要なのかを誘導加熱の観点から考察していきます。

 

このコラムのTOPICS
金属の種類と加熱方式
鉄系金属と鋳造機
鉄の鋳造に専用鋳造機が必要な理由
鉄系金属で加熱停止が起こるメカニズム
銑鉄で過電流トリップが発生しにくい理由

 

金属の種類と加熱方式

ロストワックス鋳造には、セラミックシェル法ブロックモールド法があります。
ブロックモールドの金属溶解では、ジュール熱を利用した抵抗加熱アーク溶解方式などがありますが、誘導加熱方式が圧倒的に多く利用されています。

一般的に誘導加熱で溶解する金属は、アルミニウムなど融点が600℃以上の金属から銅合金金合金銀合金、銀-パラジウム合金、ベリリウム銅など、融点が概ね1200℃代までの一般的な金属を対象とした鋳造機を使い、主に黒鉛ルツボを使って金属を間接加熱します。
また、一部の一部の白銅などニッケルの含有量が多い合金、ステンレス鋼コバルトクロムからプラチナ合金など融点が1300℃から1700℃(鋳造温度は2000℃代)までの高融点金属用を対象とした鋳造機で、主にシリカルツボなどセラミックのルツボを使い直接加熱する高融点合金用鋳造機の二種類に分類できます。
これ以上の融点の金属は、電子ビーム溶解など、全く別な機構の溶解技術が必要となります。

 

鉄系金属と鋳造機

鉄系金属専用に調整されていない誘導加熱装置で鉄系合金を溶解した場合。以下の合金の組成や磁性により、溶解が可能か不可能かに分類できます。

■ 強磁性体
溶解時、磁性金属のキュリー点を超すと、損失エネルギーのバランスが変わり過電流トリップが発生するため、磁性が強く炭素の含有量が少ない金属では溶解が不可能。
■ 磁性体の含有量
対象となる合金の組成において、磁性体の含有量が少ない場合には溶解が可能。
■ 炭素含有量
強磁性体でっても、炭素の含有量が比較的多い合金では、溶解量により高周波誘導加熱装置の調整なく溶解が可能。
非磁性体/磁性の少ない合金
磁性を持たない合金、又は磁性が低い合金では、専用の調整なく他の金属との併用が可能。

 

鉄の鋳造に専用鋳造機が必要な理由

融点が1200℃以上の高融点金属を対象とした直接加熱方式の鋳造機であっても、鉄の鋳造に専用の鋳造機が必要となる理由には、以下が挙げられます。

キュリー点声の制御

鉄の誘導加熱において最も技術的に難しいのが、キュリー点を超えてからの制御です。
マルチタイプの鋳造機(高融点金属の溶解も可能な鋳造機)は様々な金属に対応できるよう設計されていますが、鉄のインピーダンスの急変に特化した制御システムを持っていません。
専用機は、このキュリー点での挙動を予測し、電流・電圧を最適に制御する特殊なプログラムや回路を備えているため、安定した加熱を実現できます。

高融点への対応

純鉄場合、融点は約1538℃であり、多くの汎用鋳造機が対象とする1200℃以下の金属(アルミ、銅合金など)よりもはるかに高融点です。
そのため、より高い出力と耐久性のあるルツボや冷却システムが必要となります。

ルツボの選定

鉄の溶解には、耐熱性や化学的安定性が高いシリカルツボなどのセラミック製のルツボが適しています。

銅合金、金合金、銀合金、アルミニウムなどが対象となる鋳造機の場合、一般的に使用される純カーボンルツボ、又はクレーボンドルツボは、鉄と反応して炭素が混入し、成分が変化してしまうため、鉄に対してはコンタミ成分となり得るので不向きです。

これらの理由から、特に純鉄や低炭素鋼のような強磁性体かつ高融点の金属を扱う場合には、キュリー点でのインピーダンスの急変に特化した制御機能、高出力、そして専用のルツボを使用できる専用の鋳造機が不可欠となります。

 

鉄系金属で、加熱停止が起こるメカニズム

■  PROCESS 1 / 加熱初期
鉄、ニッケルコバルトなどは強磁性体であるため、磁界に置かれると磁化されます。
誘導加熱の原理は、加熱コイルに高周波電流を流して磁界を発生させ、その磁界の中に置かれた金属に渦電流を発生させ、その渦電流によるジュール熱で加熱するものです。
このとき、強磁性体は、磁界の向きが変わるたびに磁気モーメントの向きが反転することで生じるヒステリシス損でも熱を発生します。この二つの発熱メカニズムにより、加熱初期は効率よく加熱が進みます。」この段階では、被加熱物(鉄など)インピーダンスは比較的安定しています。

■  PROCESS 2 / キュリー点での変化
温度がキュリー点(鉄の場合約770℃)に達すると、鉄は磁性を失い常磁性体(外部から磁場をかけると、その磁場の方向に沿って弱く磁化されますが、磁場を取り除くと磁化が消えてしまう物質です。)に変化します。
この変化により、加熱に寄与していたヒステリシス損がほぼなくなり、ジュール熱のみに依存するようになります。

■  PROCESS 3 / インピーダンスの変化
このキュリー点を超える急激な磁性の消失は、誘導加熱装置の電気回路から見ると、被加熱物のインピーダンス(交流回路における電流の流れにくさ)が急激に変化することを意味します。
装置は通常、電流や電圧を一定に保つように制御していますが、このインピーダンスの急激な変化に制御が追いつかない場合があります。

■  PROCESS 4  / トリップの可能性
インピーダンスが急激に低下すると、装置に流れる電流が設定値を大きく上回り、安全装置が作動して過電流トリップが発生し、加熱が停止します。

このプロセスは、まるで車が急に下り坂道に入り、アクセルを調整する前に速度が急激に上がってしまった状態に似ています。
装置の制御システムが、インピーダンスの変化という「坂道の傾斜の変化」に追いつく前に、電流という「速度」が急上昇してしまうのです。
すると、高周波誘導加熱装置は、危険防止のため、「自動ブレーキ」が作動し、自ら停止します。

 

銑鉄で過電流トリップが発生しにくい理由

同じ鉄でも、銑鉄など炭素含有量が比較的多い金属で過電流トリップが発生しにくいのは、主に以下の二つの理由があります。

1炭素含有量による電気抵抗と融点の変化

■  電気抵抗の上昇
炭素は鉄の電気抵抗を上げます。
電気抵抗が高いと、誘導加熱におけるジュール熱の発生効率が向上します。これにより、同じ磁界でもより多くの熱が発生しやすくなります。

■  融点の低下
銑鉄は純鉄よりも融点が低いです。
一般的に、鉄の融点は約1538℃ですが、炭素含有量が多い銑鉄では、1200℃前後まで融点が下がることがあります。
この融点の低さも加熱プロセスをより効率的にし、キュリー点を超えた後でも速やかに溶解に至るため、インピーダンスが安定しない危険な温度帯を迅速に通過できる可能性が高まります。

2. 磁性の強さの変化

■  磁性の弱まり
炭素を多く含む鉄は、純鉄に比べて磁性が弱くなる傾向があります。
磁性が弱いということは、ヒステリシス損の寄与がもともと少ないため、キュリー点を通過してもインピーダンスの急激な変化が純鉄ほど顕著に現れない可能性があります。
インピーダンスの変化が緩やかであれば、装置の制御システムが対応しやすくなり、過電流トリップの発生リスクを低減できます。

これらの要因により、銑鉄は純鉄に比べて、より広範囲の誘導加熱装置で安定して溶解できます。

 

ニッケル溶解で過電流トリップがおきない理由

キュリー点と過電流トリップは、無関係ではありませんが、直接的ではありません。
ニッケルの溶解において、キュリー点を超えても過電流トリップが発生しないのは、ニッケルの溶湯温度が、キュリー点に達する時点では、過電流トリップが発生する条件に満たないからです。

ニッケルの融点は、1455℃です。キュリー点は約358℃で、鉄のキュリー点と比べるとはるかに低温です。キュリー点ではニッケルの強磁性は失われ、電流の変化はあるものの、電気回路における電流の挙動に直接的な影響を与えません。
つまり、この温度での一時的な電流の上昇は、ほとんどの場合で過電流トリップが作動するほどのレベルではないので過電流トリップが発生しません。
完全溶解が可能となります。

 

 

 

 

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