※ロストワックス鋳造のブロックモールド法(ソリッドモールド法)の解説です。
金属合金の鋳造品において、鋳造後の熱処理や再加熱の際に割れが発生することがあります。これは、特定の結晶学的現象によって合金の延性(ねばり強さ)が著しく低下し、脆化するためです。この現象は、鉄鋼材料から貴金属合金に至るまで、幅広い合金で見られる重要な課題です。
貴金属製品では、金と銅の合金(レッドゴールド/ピンクゴールドなど)が鋳造後に熱処理(再加熱/徐冷や放冷)で割れる現象があります。
これは、通常の鋼材における「焼き戻し脆性」とはメカニズムが異なりますが、その本質は「脆い相の形成による粒界の強度低下」という点で共通しています。
このコラムでは、「なぜ、再加熱すると割れが発生するのか」を冶金学の立場から考察し、解決策を解説します。
このコラムのTOPICS
レッドゴールド
冶金学的な割れ発生の理由
貴金属合金における割れのリスクと偏析
脆化・偏析の解決策
まとめ
レッドゴールド
レッドゴールドは、古くから日本に存在する合金「赤割り」を起源とし、現代のグローバルなジュエリー市場のトレンドに合わせて普及した金合金の一種です。
赤系の金合金の歴史を振り返ると、海外では、19世紀初頭のロシアで有名なカール・ファベルジェが使用した合金に由来すると言われ、ロシアン・ゴールドとも呼ばれていたローズゴールドがあります。
赤割りは、飾り職人が使った彫金用語で、これが海外のジュエリー・宝飾品産業のグローバル化とカラーゴールドの人気上昇に伴い、1990年代以降、特に2000年代に入ってから一般的に定着したと考えられます。海外ブランドの進出や国際的なジュエリー用語の普及に伴い、伝統的な「赤割り」という呼称よりも、国際的に通用するレッドゴールドがホワイトゴールドやピンクゴールドといったカラーゴールドの一部として分類されるようになりました。この切り替わりは、明確な法令などによるものではなく、市場のグローバル化の中で徐々に定着した流れと見られます。
冶金学的な割れ発生の理由
銅の含有量が多い金合金、特に金75%・銅25%の組成を持つ合金は、再加熱によって以下のような現象が起こりやすく、割れの原因となります。
規則格子(規則相)の形成と脆化
■ 規則格子
金(Au)と銅(Cu)の合金、特にAu-Cu系合金は、約400℃以下の温度域で長時間保持されるか、比較的ゆっくり冷却されると、原子が不規則に配列した不規則固溶体から、特定の化学量論比で原子が規則正しく配列した規則格子(規則相)へと変化(相変態)します。金75%・銅25%(18K)の組成では、Au3Cu相が形成されます。
■ 脆 化
この規則格子(規則相)は、不規則固溶体に比べて硬く、非常に脆い性質を持ちます。
鋳造直後に急冷することで不規則相を維持できますが、再加熱(例えば、修理やロウ付け時のバーナー加熱)によって規則相が形成される温度範囲を通過したり、その温度で保持されたりすると、この脆い規則相が生成し、外部からのわずかな応力(例えば、工具による衝撃、熱収縮・膨張)や内部の残留応力によって粒界割れが発生しやすくなります。
粒界への低融点不純物や化合物の偏析(粒界脆化)
■ 粒 界
結晶粒と結晶粒の境界(粒界)は、原子の配列が乱れており、他の部分よりも不純物原子や微量元素が集まりやすい場所です。
■ 低融点物質の偏析
鋳造や再加熱の過程で、微量の不純物(例:硫黄、酸素、ビスマスなど)や、添加した割金(銅、パラジウム、銀など)と不純物が反応してできた低融点化合物が粒界に偏析することがあります。
■ 熱割れの原因
再加熱時に、これらの低融点物質が溶融、または軟化することで粒界の結合力が低下し、応力集中が起こりやすい粒界で割れ(ホットクラック)が発生します。銅の含有量が多い合金は、この傾向が強くなることがあります。
熱応力と残留応力
■ 残留応力
鋳造後の冷却速度の不均一さや、加工時の塑性変形などにより、製品内部には残留応力が残ることがあります。
■ 熱応力の発生
再加熱時、特にバーナーなどによる局所的な加熱は、製品内部に大きな温度勾配を生じさせ、熱膨張・熱収縮の差による熱応力を発生させます。
■ 割 れ
脆化した(規則格子形成などにより)組織に、内部の残留応力と外部からの熱応力が加わることで、金属の引張強度を超え、割れが発生します。
メカニズム | 詳 細 | 割れの種類/原因 |
Step 1 規則格子(規則相)の形成と脆化 | ■ 規則-不規則変態 Au-Cu系合金は、約400℃以下で徐冷または長時間保持されると、ランダムな原子配列の不規則固溶体から、原子が規則正しく並んだ規則格子(規則相)に変化する。(例: Au3Cu相)。 | ■ 粒界脆化: 規則相は硬いが延性が著しく低く、非常に脆い性質を持つ。 この脆い相が粒界に沿って形成・析出することで結合力が低下し、残留応力や外部応力により粒界割れが発生しやすくなる。 |
Step 2 粒界への低融点不純物や化合物の偏析(粒界脆化) | ■ 低融点物質の偏析 鋳造や再加熱の過程で、微量の不純物(硫黄、ビスマスなど)や、これらが銅などの割金と反応してできた低融点化合物が、原子配列の乱れた粒界に集まる(偏析)。 | ■ 熱割れ(ホットクラック): 再加熱時にこれらの低融点物質が溶融または軟化し、粒界の結合力が極端に低下する。 応力集中が起こりやすい粒界で、熱収縮・膨張による応力により割れが発生する。 銅の含有量が多い合金でこの傾向が強くなる。 |
Step 3 熱応力と残留応力 | ■ 残留応力 鋳造後の不均一な冷却や加工により、製品内部に残留応力が残る。 ■ 熱応力 再加熱、特にバーナーによる局所加熱は、大きな温度勾配を生じさせ、熱膨張・熱収縮の差によって大きな熱応力を発生さる。 | ■ 応力による割れ 上記1, 2のメカニズムにより脆化した組織に、内部の残留応力と外部からの熱応力が加わることで、金属の引張強度を超え、割れが発生する。 |
貴金属合金における割れのリスクと偏析
代表的な例が、レッドゴールドやピンクゴールド(金-銅合金)ですが、この組み合わせは、熱処理や再加熱(サイズ直し、溶接など)で規則相(CuAu, Cu3Auなど)を形成しやすく、その際に延性が失われて割れが発生するリスクが高まることは前述の通りですが、貴金属系の合金では、この金と銅の合金以外にも、金-パラジウム系の合金や、白金-銅、白金-コバルトの合金などでも規則格子を形成する組成が存在し、同様の脆化と割れのリスクがあります。
レッドゴールドで特に注意すべき「偏析」
金-銅合金において、規則格子形成による脆化に加え、成分の偏り(偏析)は割れのリスクを大幅に高めます。
■ 成分偏析(ミクロ偏析)
凝固の最終段階で、融点が低い銅成分が結晶粒界付近に濃縮します(銅リッチな粒界の形成)。
この不均一な粒界は、規則格子の形成を促進したり、脆い第2相を析出させたりするため、粒界の脆弱化に繋がります。
■ 不純物の粒界偏析
さらに危険なのは、鉛、硫黄、酸素、水素などの不純物が凝固時に結晶粒界に集積することです。
これらの不純物は、極めて低い温度で溶融する液相を粒界に形成したり、粒界の結合力を破壊したりすることで、高温割れや熱処理割れの決定的な要因となります。
凝固時の「成分偏析」の可能性
鋳造品は、溶湯が結晶化(凝固)する際に、結晶粒の中心部と周辺部で成分濃度が不均一になる成分偏析を起こしやすい特性があります。
■ ミクロ偏析
凝固の最終段階で、銅が金に比べて融点が低いために、銅成分が結晶粒界付近に濃縮します。
この銅リッチな粒界は、本来の合金よりも早く液化したり、不純物を取り込みやすくなったりするため、粒界の脆弱化に繋がります。
不純物の「粒界偏析」
さらに致命的となるのが、不純物の粒界偏析です。
不純物(例:鉛、硫黄、酸素、水素等)は、合金の結晶構造内に入ることを嫌い、凝固の最終段階で結晶粒界に集まります。
これらの不純物は、極めて低い温度で溶融する液相を粒界に形成したり、規則格子の形成を促進したりすることで、粒界の結合力を破壊し、高温割れや熱処理割れの決定的な要因となります。
脆化・偏析に対する解決策
これらの脆化および偏析の問題を克服し、延性を確保するためには、熱履歴の管理が不可欠です。
解 決 策 | 目 的 | メカニズム |
■ 溶体化処理(急冷) | ■ 規則格子の形成防止と成分の均一化 | 鋳造後、合金を規則変態温度以上の高温(例:700~800℃付近)で保持した後、直ちに水中に投下して急冷(水焼入れ)する。 これにより、規則格子の形成を阻止し、原子の不規則な高温状態を室温まで凍結さる。 また、偏析した成分も原子レベルで均一化(均質化)される。 |
■ 高純度な原料の使用 | ■ 不純物偏析の防止 | 鋳造時に、ロウ材や鉛、硫黄などの粒界脆化を引き起こす不純物が極力含まれない高純度の原料(地金・割金)を使用することが、割れのリスクを根本から低減させることが可能。 |
まとめ
このコラムでは、特にレッドゴールドと呼ばれる金-銅合金に焦点をあて、規則格子形成による脆化、成分偏析、そして不純物偏析が複合的に作用して粒界割れを引き起こすメカニズムと、それを防ぐための溶体化処理(急冷)の重要性について解説しました。これらの熱処理管理こそが、高品質な貴金属製品を生み出す鍵となります。