※ロストワックス鋳造のブロックモールド法(ソリッドモールド法)の解説です。
融点という「点」ではなく、溶融「範囲」を持つ合金があります。
この合金を全率固溶体と呼びます。
ある物質が別の物質の中に溶け込み、電子レベルで均一な状態になる現象を専門用語で「固溶」と呼びます。
砂糖が水に溶けるのと似ていますが、固体の状態でそれが起こることを固溶と呼び、これによりできた均一な固体を固溶体と呼びます。
これは、元となる物質の結晶構造を保ちながら、その結晶の中に別の原子が溶け込んだ合金や化合物です。
但し、砂糖が水に溶ける限界、つまり飽和点があるのと同じに、一般的な固溶は固溶限といわれる限界があります。
しかし、全率固溶体は、特別な固体です。
2つの物質がどのような割合で混ぜられても、互いに完全に溶け合い、均一な単一相の固体となる特徴をもった固体を指します。つまり、限界(固溶限)が存在せず、0%から100%までのどの組成でも均一な固体が形成されます。「銅とニッケル」や「金と銀」などが代表的な全率固溶体の合金です。
このコラムのTOPICS
全率固溶体の特徴
全率固溶体を形成するための条件
全率固溶体は組成比率がかわると特性が変化するか
全率固溶体の合金を鋳造するときの注意
全率固溶体の合金
全率固溶体の特徴
全率固溶体には、以下の3つの大きな特徴があります。
■ 単一の結晶構造 |
全率固溶体を形成する物質は、どのような比率で混ぜても、単一の結晶構造を保つ。 |
■ 均一な組織 |
固体になっても、特定の組成だけが偏って存在するのではなく、全体が均一な単相の組織になる。 |
■ 融点ではなく融解範囲 |
全率固溶体には特定の融点(溶ける温度)が存在せず、ある一定の融解範囲(液体と固体が共存する温度範囲)を持つ。これは状態図で見ると、液相線と固相線に囲まれた領域として示される。 |
全率固溶体を形成するための条件
全率固溶体は、ヒューム=ロザリーの法則という経験則によって、以下の条件を満たす場合に形成されやすいとされてます。
※ ヒューム=ロザリーの法則
2つの金属が固溶体(合金)を形成する際に、どれくらい溶け合うことができるかを予測するための経験則。
■ 原子半径の差が小さいこと |
互いの原子半径の差が15%以内であること。これにより、結晶格子に原子が置換しやすくなる。 |
■ 同じ結晶構造を持つこと |
成分元素が同じ結晶構造(例えば、両方とも面心立方格子)を持つこと。 |
■ 同じ価数を持つこと |
成分元素の価数が同じであること。 |
■ 電気陰性度の差が小さいこと |
電気陰性度の差が小さいと、化合物が形成されにくく、固溶体が安定しやすくなる。 |
全率固溶体は組成比率がかわると特性が変化するか
「全率固溶体は単一の相である」という点では共通するが、組成比率によってその物理的・化学的特性は大きく変化します。
■ 融解範囲
全率固溶体には特定の融点はない。代わりに、組成比によって融解が始まる温度(固相線)と融解が完了する温度(液相線)が連続的に変化する。
一般的に、成分元素の融点の間をなだらかに結ぶ曲線として示されます。
■ 物理的・機械的特性
密度、電気抵抗、硬度、引張強度などの物理的・機械的特性も、組成比に応じて連続的に変化する。
例えば、銅とニッケルの合金では、ニッケルの割合が増えるほど強度や耐食性が向上します。
■ 格子定数
結晶を構成する原子間の距離(格子定数)も、組成比率によって変化します。ヒューム=ロザリーの法則によれば、全率固溶体を形成する元素は原子半径が似ていますが、それでもわずかな違いがあるため、組成比が変わると格子定数も線形的に変化することが多く見られます。
全率固溶体の合金を鋳造するときの注意
全率固溶体の合金を鋳造する際には、いくつかの注意点があります。
一般的な鋳造で注意する点に加え、特に凝固過程が原因となる特有の課題と、一般的な鋳造欠陥への対策が必要です。
■ 凝固収縮による欠陥
全率固溶体は、液体から固体へ移行する際に凝固収縮が起こります。融解範囲が広いと、凝固が段階的に進行し、液体が完全に固体になるまでに時間がかかります。
― 対 策 ―
収縮が不均一に起こると、内部に引け鋳巣や割れなどの欠陥が発生しやすくなります。ワックスツリーにおける湯道の取り付けや、場合により湯だまりを取り付けるなどの湯道方案を検討し、ホットスポットに溶湯を供給するための手段にや押し湯の量を充分確保し適切に配置することが重要です。
■ マクロ偏析
全率固溶体の凝固は、液相線と固相線の間を移動しながら進行します。このとき、凝固の進行に伴い、マクロ偏析、つまり最初に凝固する部分と最後に凝固する部分で成分の濃度に差が生じます。
― 対 策 ―
最終的に凝固した部分に特定の元素が偏って濃縮され、組成が不均一になることがあります。これにより、製品の特性(強度、耐食性など)が部分的に低下したり、宝飾品などでは外観の色味に偏りが発生する可能性があります。
冷 却
全率固溶体の合金を鋳造する場合、脱型などの鋳造後の冷却は、一般的には「徐冷」が推奨されます。
その理由として、鋳造後の冷却速度が速いと、原子が拡散する時間が十分に確保されず、組成が不均一な偏析が発生しやすくなります。
特 例
しかし、全率固溶体であっても「金 - 銅」の合金は、急冷が推奨されます。
例えば、レッドゴールドやピンクゴールドなどで作られた装身具、得に指輪では、お客様の指の太さに合わせるようにサイズ直しが行われます。 サイズ直しでは、ロウ付けやレーザー溶接技術により行われることが多くありますが、この際の作業工程で一度熱にさらされます。この時に「割れ」が発生することがあります。
これは、「規則-不規則変態」という現象が発生するためです。 鋳造後に徐冷すると、規則的な結晶構造に変化(規則-不規則変態)し、内部応力が発生します。
この規則化された合金を後で加熱すると、不均一な変態が起こり、割れの原因となります。
そのため、金と銅の合金では、規則化を防ぐために急冷が推奨されます。急冷することで、高温での不規則な構造を保ったまま固まるため、その後の熱処理での割れを防ぐことができます。
また、全率固溶体であっても、インゴットなど、肉厚の形状を鋳造した場合に、あまりにも冷却に時間をかけ過ぎるとV字偏析や逆V字偏析と呼ばれる偏析が発生する可能性が高くなり、機械的強度や鋳造物内部と外輪部の組成が変わる場合がありますので注意が必要です。
全率固溶体の合金
■ 銅とニッケル |
銅とニッケルは、すべての組成比で全率固溶体を形成する代表的な組み合わせ。銅にニッケルをまぜることにより、「①純銅よりも耐食性や耐海水性が飛躍的に向する。」「②純銅よりも強度や硬度が増し、機械的性質が向上する。」「③特定の組成比、例えば銅70%、ニッケル30%では、熱膨張率が低くなる。」などの特徴がある。代表的な製品では、日本の100円や500円などの硬貨、船舶、化学プラントなどの部品、フルートやサックスフォンなどの管楽器などに使用される。 |
■ ケイ素とゲルマニウム |
ケイ素とゲルマニウムは、原子価や結晶構造が似ているため、全率固溶体を形成する。「①どちらも半導体であり、この合金はバンドギャップ※が組成比によって変化するという特徴を持つ。」「②ケイ素とゲルマニウムの固溶体は、熱電変換材料として高い性能を発揮する。」「③ケイ素とゲルマニウムの中間の格子定数を持つため、両方の材料を用いた電子デバイスの格子整合に利用される。」無線通信機器、光通信デバイスなどの半導体素子、太陽電池などに使用され、熱電発電素子として自動車の排熱利用や宇宙探査機の電源などへの応用が期待される。 |
■ クロムとモリブデン |
鉄鋼に添加されることで強度や耐摩耗性、耐熱性を向上させる効果がある。特に、モリブデンは高温での強さを保つことに貢献し、クロムは焼き入れ性を向上させる。この合金は、「クロムモリブデン鋼(クロモリ)」として、ギアやシャフトなどの自動車部品、航空機、産業機器の部品、自転車のフレームなどに利用されている。 |
■ 金とパラジウム |
金にパラジウムを加えると、合金の色が白くなり、ホワイトゴールドとして知られています。パラジウムは金よりも高価であるため、ニッケルを使用したホワイトゴールドよりコストが高くなる傾向あるが、金属アレルギーの問題でニッケルよりパラジウムが多く使用される場合もある。 |
■ 金と銅 |
金と銅の合金も全率固溶体となるが、組成によっては規則格子という特殊な構造を形成し、硬度が増すことがあります。銅の添加量が多いほど、赤みを帯びた色になる。ピンクゴールドやレッドゴールドとして使われたり、銅の比率を高めると硬度が増すため、金貨や記念メダルなどにも使用される。※全率固溶体の合金は一般的に徐冷が推奨されるが、金と銅の合金については、不規則変態により急冷が推奨される。 |
■ 金と銀 |
金と銀は、非常に似た原子構造を持つため、あらゆる比率で溶け合う全率固溶体を形成する。銀を混ぜることで金よりも硬くなり、また融点を下げることが可能となる。ホワイトゴールドやイエローゴールドの成分、金を銀のみの組成でグリーンゴールドとして使用される。また、歯科材料にも使用される。 |
■ 銀とパラジウム |
銀の変色性(黒ずみ/硫化)を改善し、硬度を高めることができる。パラジウムを添加することで、銀の光沢を長く保つことが可能になる。シルバーアクセサリー、電子機器の接点、歯科用鋳造合金などで使用される。 |
※ バンドキャップ
物質の電子がエネルギーを持つことができる2つの領域、価電子帯と伝導帯の間にある、電子が存在できないエネルギーの隙間のこと。
半導体では、バンドギャップが比較的狭いので、熱や光、電圧などのわずかなエネルギーを与えることで、価電子帯の電子が伝導帯に移動し、電気を通すようになる。